こるりうちゅう

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感謝感

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こないだ、

『人生を切り拓くには、なにごとにも感謝するといいいよ。』

とゆう言葉を聞いて、

感謝"すべき"レベルの義務的な感謝なら日常にあるけど、

心の底から、あー、ありがたい〜って実感するような感謝の感覚って、わたしにはあんまりないなと思ったんです。

苦労しないで育っちゃうと、日常があたりまえすぎてありがたみにも鈍感になるし、

わたしの場合は、愛とか、幸せとか、感謝とか、あえて感じないように生きてきてしまった気がします。

『感謝する』ってどんな感覚だろう?ってふと思ったとき、

トリニから日本に帰ってきたときの、初お風呂とかお米とか、あ〜、ありがたや〜、日本人でよかったぁ〜ヽ(;▽;)ノってじんわり染み入るあの感覚、あれは感謝以外のなにものでもなく実感できるってことを思い出したんです。

とくにわたしはロイヤル(サバイバル(笑)なトリニの安宿)生活してたので、その2年間は帰国後の成田空港で買う緑茶とおにぎりの悩殺的なウマさといったらもう脳みそがシビれるレベル(笑)です。

逆に、日本からトリニに行ったときのみんなの愛の深さ、ギューっとハグしてくれたり、そのへんのおじさんが奏でる音楽がスーパースウィート♡だったり、彼らの愛と芸術の表現力の惜しみない豊かさにいきなりどっぷり浸れて、

あー、なんてわたし幸せなんだろうヾ(@⌒ー⌒@)ノこんなスーパーアイランドにまた来れたなんてほんとにありがたや〜♡と、実感を噛みしめるのです。

つまり、

わたしみたいにのらりくらり日常のありがたみも感じずに育ってしまった感謝鈍感ニンゲン(笑)も、

文化や生活様式に落差のある海外にちょっと長期で滞在すれば、簡単に感謝を実感できるようになるワケです。

その『感謝』の感覚をいつも心で実感することで、人生にラッキーが訪れるのなら、

積極的に落差を感じてみたほうがいい!(・∀・)んじゃないかなと思うんです。

べつにトリニダードでなくても、海外じゃなくてもいいんだけど、

その落差を感じるのに、地球の裏側であるトリニダードはとても向いている場所だなと思います(笑)

いったんその感覚、あ、わたし今、感謝してるな!ってゆう感覚を思い出すと、気持ちを込めて思いっきり感謝するのがなんだか気持ちよく( ̄▽ ̄)なります。

その、感動と温もりが溢れてる感覚を体感できるだけで、なんか健康に良さそうな気がしています。

↑写真は、オールスターズのカラナージさんにムリヤリぎゅーってされるわたし。2009年のパノラマファイナルにて。