Rock your Socks!染色体って靴下に似てるよね…
3月21日、春分の日(トリニダード・トバゴだと1日遅れの次の日だけど)
オールスターズのインスタに、みんながいろんなバラバラな靴下履いた写真が投稿されていました。
真ん中にいるのは、ダニエルガルストンくん。
あの有名なスティールパンプレイヤー、デーンガルストンの息子さん(デーンは子供が14人もいるらしいから笑 そのひとり)です。
ダニエルは、ダウン症として生まれてきました。
"Unique Not Different" with Shamla Maharaj
さすがデーンの息子、ダウン症とはいえ、スティールパンの腕前は大したものなのです。
オールスターズユースのメンバーとしてジュニアパノラマでも演奏していました。
そして、この写真『Rock your Socks!』は、そんなダニエルを応援するために、3月21日の『世界ダウン症の日』に向けて、オールスターズユースのメンバーを中心に撮影されたようです。
なんで、靴下?と思ったら、
ダウン症の人は、ふつうは2つだけの21番目の染色体が3つあって、
染色体が並んでる顕微鏡の写真が、いろんな靴下が並んでるみたいだから、なのだそうです。
で、なるべくユニークな靴下を履いて、
その写真をSNSなどに投稿して、
ダウン症への理解を深めよう、アピールしていこう!という社会的なアクションなのだそうです。
なんか出遅れちゃったけど、オシャレなことしてくれるなー…
来年はわたしもぜったいコレやりたいです。
日本って”ユニークな靴下”の宝庫だから、Like!がいっぱいもらえる靴下を、今から探しておきたいです。
日常にハチドリがいる!セントアンズのいいところ
今年、はじめてセントアンズに住んでみました。
前からちょっと気になってた山のうえのほうのハイソな暮らし…
わたしが住んでたストリートはすでに、大邸宅だった場所が家主を失って取り壊され、ハイソなコンドミニアムに建て替えがすすんでいるような場所でしたが、
いつも通る他の道だと、邸宅の名前がそのままストリートの名前になってるような、1区画に2軒〜4、5軒しかないようなところも。
山のふもとには総理官邸やヒルトンホテルがあるような場所。
スーパーにお買い物にいくたんびに坂を登って家に帰るのがけっこうたいへんだったけど、
お部屋から見える景色や、洗濯場から眺める裏庭の景色がわたしの人生には珍しい大自然なかんじで、
日本ではぜったい見かけないようなカラフルで南国っぽい鳥さんたちや、こんな暑いところに良く住んでるよなーって不思議だったリスさんたちを、ふだんから良く見かけました。
いちばん驚いたのが、蜜瓶もなにも用意していないふつうの生垣とかで、ふつうに目の高さのすぐそこに、なんの警戒心もないハチドリさんがいたりすること。
ポートオブスペインは他の都市とあんまり変わらないようなけっこうな都会なので、せっかくカリブ海で生活してるのにカリブっぽさを味わえなかった今までの生活とは、ちょっと違うかんじが味わえました。
古い豪邸が立ち並ぶようなところなので、お庭のプールや噴水とか、近所の高価そうな犬さんたちを眺めて楽しむこともできました。
なによりも、
この地区までたどり着けば治安の悪さを感じることがほんとになくて(油断は禁物ですが…)
こんなに山がすぐそばにあるのに、
ダウンタウンにあるオールスターズのパンヤードまでクルマで10分ぐらいで着くんです。
オールスターズのまわりは数歩ごとにホームレスをまたいで歩くような場所、ジョージストリートやネルソンストリートには麻薬の売人や狂人(ゾンビ)たちが夜中に叫びながらウロウロしてるような場所なのに…
もし、デメリットがあるとすれば、
「セントアンズまでクルマで送って」ってお願いしても断られることが多くて(^_^;) お願いもしにくかった(>_<)です。たぶんなんですが、けっこう隔離された場所で横につながる道路もなく、いちいちその地区に入る為だけに山の上まで登ってまた降りるのが面倒なんだと思います。
それともうひとつ、あとから知ったのですが、うちの裏にある森に囲まれたすてきな施設…、なんだろうって思ってたら、”精神科の入院病棟”なんだそうです。
だからと言ってなにか困ったようなことは何ひとつなかったのですが、高級住宅街が別の場所へと移動してるのもなんとなくわかるような気がします。セントアンズは、古くからの高級住宅街ってかんじです。
旅行者が滞在するなら長期でも短期でも、ウッドブルックかニュータウンがいちばん便利ではありますが、
カリブ海的な自然に囲まれてるのに街から近い、
レネゲイヅやオールスターズのパンヤードに意外と近い、
セントアンズは穴場的な滞在先としてオススメです!
大家さんその2
今年、ベルモントの次に住んでたセントアンズのお家のホストさんは、音楽教室の先生です。エンジェルミュージックスクールという教室名で、自宅の1階が音楽教室なので、毎日、子供たちのピアノやギターのレッスンの音が聴こえていました。
そして、大家さんはその昔、80年代とか90年代とかはフェイズ2だったそうです。
トリニダード・トバゴに住んでて音楽をお仕事にしてる人なので、それはそんなに珍しくはないかもしれないけど、白人のわりとハイソな家柄の女性がスティールバンドに参加してるのは、今でもけっこう珍しいかも…
それよりも、あとから知って驚いたのが、コレ↓
この曲の、ソロパートを歌ってるのが若き日の大家さんなのだそうです。
大家さんの専攻は、声楽。
決してもうお若くはない(^_^;)方なのですが、わたしの滞在中も、ほぼ毎日のように発声練習をしてはりました。
この曲、わたしがむかしよく日本からネットラジオで聴いていたトリニダードのFM局のスティールパンの番組で、ほんとに良く流れてた曲だったんです。
残念ながらDJのスワンキーさんが数年前に亡くなられてこの番組もなくなってしまったのですが、当時、日本のレコード屋さんでパンのCDは数えるほどしか種類がなく、それほどYouTubeなどでもパンの音源が少なかった頃に、たくさんのスティールパンミュージックとの出会いを作ってくれた、貴重な番組だったのです。
ほんとに毎週食い入るように聴いていたこの番組から、良く流れていたあの曲の、あの声が、
ほぼ10年以上経って、なんとその声の主のお宅にお世話になろうとは…!!!
このお家を紹介してくれたのは、トリニダードを代表する現代美術の作家さんクリスコージャーさんなのですが、もしかしたら天国のスワンキーさんも、このご縁を導いてくれたのかもしれません。
まー、トリニダード・トバゴは世間がけっこう狭いので(^_^;)
こんな風に、いろんなところで、いろんな意外な人が繋がってることもよくあるから、それだけのことかもしれませんが…。
ネットで見つけたこのレコードの裏ジャケに、
大家さんらしき(?!)人物を見つけました。けっこう大柄で赤毛…、未確認ですが、面影あります。
トリニダード・トバゴの白人の人口比率は極めて低いのですが、写真で見る限りは、大家さんがいたコーラスグループにはたくさんの白人女性が参加していたようです。
その大家さんからのご依頼で、
ファイナル直前の木曜日(練習が毎日午前3時まであってヘロヘロな(笑)とき)に、ウエストモールにある幼稚園に演奏に行きました。
こともあろうに、わたしがテナーパン(?!)で、なんで???って思いましたが、
英才教育系のこの幼稚園の、今月のテーマが”カーニバル”なのだそうで、パンやマスカレーダ〜の塗り絵が飾ってあったりする中、
駐在員のご子息や外国籍らしき園児たちに、外国人でもパノラマに参加してるよっていうことを感じてもらいたかったのかもしれません。
せっかく日本を代表して子供たちの前で演奏するので、ディズニーや世界中の子供が知ってそうな曲といっしょに、トトロの映画に出てくる”さんぽ”も演奏しました。
みんなエルサやバズの靴とかお洋服を来てるのに、ニモは知ってたのに、トトロを知ってる園児はひとりもいなかったのがちょっと寂しかったのですが、
めっちゃトトロの写真を見せてアピールしてきたので、いつかトトロに出会ったときにわたしやパンのことも思い出してくれるかも…
パンに興味津々な子供たちと、元気に踊ったり、パンの音を出して楽しんだり、
幼稚園での演奏は、やってみたらけっこう楽しかったです。
貴重な機会を作ってくれた大家さんに感謝♡
新しい宿泊先を開拓して生まれた、新しいご縁に感謝です。
大家さんその1
大家さんというか、
今年、トリニで宿泊した2ヶ所のホストさんは、二人とも興味深い人でした。自分で宿を探し始めて実感するのですが、強烈に困ってると、強烈に人生にご縁がありそうな人を引き寄せる。新しい出会いだけれど、これは必然だったんだなと感じさせられます。
そんな二人の”大家さん”を1人ずつご紹介したいなと思います。
まずは、ベルモントのお家に泊まったときのエアビーのホストさんです。
そこは大学生のシェアハウスみたいなところでした。そのお部屋のホストさんの専攻は人権問題で、特に女性の人権問題やLGBTに関して学び、国内で啓発活動もしているようでした。
その彼女が教えてくれたのですが、
彼女は麻美事件があったとき、抗議デモを主催した3人のうちの1人だったそうです。
正しくは、麻美事件のあとにコメントした市長の不適切発言↓
“The woman has the responsibility to ensure that [she is] not abused.”
『その女性(麻美)には、被害に合わないように振舞う責任がある(あった)』
これに対するデモ。
そのときの市長さんだけでなく、トリニダード・トバゴの(とくに年配の)男性には少なからずこの考え方が一般的だったような気もしますが、
要は”危ない目に合わないように自分を守らなかった自分が悪い”という内容の発言。この記事や当時の新聞記事を読んでも市長自身が名言したワケではなさそうなんですが、麻美はカーニバルの衣装のまんま遺体で発見されていて、”そういう格好でウロウロしてたら殺されても当然”というニュアンスで受け止めらても仕方がない発言だったので、
当時、麻美事件の解決そっちのけで世間の関心は市長の不適切発言に大きくシフトされてしまい、結局は辞任に追い込まれたわけですが、友達が死んだのに、事件が政治的な関心にすり替えられてしまったことに、正直とても違和感がありました。
市長が辞任しても、麻美が生きて帰ってくるワケでもなければ、犯人が捕まったりもしなかったので。
その、わたしがよく理解できないまま世間が騒がしくなったあのときの、抗議デモをしてた当事者に、3年の月日が経って、どういうご縁か巡り合ったのです。
彼女が教えてくれた当時の記事↓を読むと、
遺体で発見されたのは水曜日、市長の発言はそのすぐ後にあって、それに抗議して総理大臣に市長の辞任を求める嘆願書を提出するための署名を、土曜日までに1万人分も集めたそうです。人口のそんな多くないトリニダードでそれだけの数の署名がすぐに集まるなんてそれだけでもオドロキなんですが、
市長に謝罪させ、辞任に追い込み、翌金曜日には100人以上を集めてダウンタウンの中心にある公園で抗議デモを起こしたそうです。
ひとつのテーマ”どんな服装でもどんな振る舞いをしていても暴力を受けても仕方がない理由にはならない”に絞って、抗議だけでなく、もっと国の政策として人権教育に取り組むための具体策をいくつか提案したとのことで、
仕事が速いっていうか、行動力がすごくある。
この記事は、彼女たちのこの行動力や提案力を高く評価しています。
日本では、どうだったんだろう。
麻美事件から1週間ほどでわたしは混乱のトリニダード・トバゴを離れ、この抗議集会の頃には、エリーマネットさんにお会いするためにアメリカに滞在していたので、
事件後の、日本国内での反応もあまり把握はしていないのですが、
まったく無関係で、麻美のことをまったく知らないようなユーチューバーやブロガーの、勝手な批判ばかりが目立っていたような気がします。
麻美事件や市長の発言に対する、日本の女性人権団体による声明や抗議はあったんでしょうか? 日本人が外国で軽々しく殺されただけでなく、そのうえに命を踏みにじるような心無い発言を正論として浴びせかけられた、そのことに対して、反応はあったのでしょうか?
麻美が関係していたバンドはいくつかあったハズなのに、関係者の個人的な遠回しなお悔やみ発言はあっても、どのバンドも、バンドとして麻美事件に向き合った発言がポストされたことは、今もまだないような気がします。
その凍りついて何もできないし何もしようとしない日本的な反応にも、とても違和感があります。
事件当時は、
トリニダード・トバゴ国内で、事件が政治的な話題にすり替えられて大騒ぎしてることに強烈な拒絶感があったのですが、
その行動を起こした張本人にお会いして、そのときの真相を知ることができると、そのときにできることに最大限に真剣に向き合ってくれていたんだなということが理解できて、
3年経って少しは気持ちの整理もできました。
事件直後の混乱と奇異の目に晒されて、自分自身も被害者である気さえしていたので、
当時、素早く行動を起こしてくれたことに対して感謝の気持ちさえあります。
この出会いを通して、もう1度こうしてわたしの気持ちを文章にすることで、再度、この事件について、日本にいるみなさんにも思い返していただければなと思います。
プライオリティパスでいけるよピアルコ空港ラウンジ潜入!
トリニダード・トバゴリピーターの皆さん!!
ピアルコ空港のカードラウンジって入ったことありますか?
カード上級会員さんや、ビジネス、ファーストクラスの人たちの待合室です。
わたしも今まで入ったことなかったんですけど、
プライオリティパスを作ったので、
セレブさんにまじって、今年はラウンジでゆったり出発を待つことができました。
交通事情やタクシー事情もあって、いつも早めに空港に到着するよう心がけているので、
空港で、あったかいものを飲みながら(スイーツも食べてご飯も食べながら…笑)ゆったり時間を過ごせるのはほんとにありがたいです。
残念ながら、シャワーがなかったりトイレにアメニティがぜんぜんなかったり、足りてないところも色々あるかなーとは思いますが、
サービスも良くて、甘すぎない辛すぎないお食事やスウィーツの数々と、ゆったりソファで、たっぷり寛げます。
動画にまとめたのでぜひ雰囲気を確かめてみてください。
ピアルコ空港のラウンジで、来年もプライオリティパスは継続決定を確信しました!
念願の?!笑 ジュベTシャツ着て反応いろいろ
因みに、
今年はジュベTシャツを手描きしました。
ほんとは日本でちゃんとプリントしたやつを準備していきたいって去年は思っていたんですが、
すっかり忘れていました。
忘れてたけど、今年トリニに来てすぐに思い出した。
だってやっぱり相変わらず、街で知らんおじさんとかに「ちゃいにー、ちゃいにー」って大声で声かけられるんだもん。
彼らは、わたしがアジア人だから「ちゃいにー」って呼ばれて当然っていつも言うけど、
彼らは、白人を見ても「アメリカン!」とか「イタリアン!」とか言わないし、
彼らは、自分のクルマがアジアで生産されたクルマであっても「オレ、中国車に乗ってるねん」とは言わずに、ぜったい「日本車に乗ってるねん」「オレのクルマは韓国車やねん」って自慢してるのに…
わたしは、彼らのクルマと同じ”日本製”なん!
わたしはジャパニーズなん!!!
もうチャイニーって呼ばないで!!!
長年のストレスを今年こそ発散してやろうと、ジュベモーニングの前日、日曜の夜、眠る前、
白い長袖Tシャツにマジックで描きました。
我ながらうまくできたーーーー♡
ともすると中国人差別とも取られなくないギリギリのラインだけど、
ジュベモーニングならでは許される辛辣な冗談とか、ジュベならではの奇妙さとか、
我ながら、トリニローカル並みにジュベスピリットも理解が深いなと思う。
そして反応も様々で、
ジュベモーニングにこのテロリズムなTシャツを着て、
その様々な反応を楽しみながら街を練り歩くことができたこと、これがほんとに気持ちよかった。
まずは、ネガティブな反応…
*いつもわたしを「ちゃいにー」っていうサポーターのおじさんがコレ見て朝っぱらから青ざめてた笑
*こんなん酷い、ちょっと言い過ぎ、中国人に申し訳ない、っていうごもっともなご意見(わたしの冗談で不愉快なおもいをされた方々ごめんなさい)
チャイニー攻撃撃退効果
*すれ違いざまに「ちゃいにー」って言ってきた見知らぬおじさんが「おー、じゃぱにーず…、おーけー」って言いながらシュンとなって去って行ったり
*「ちゃいにー」って言ってくるお姉さんにTシャツの文字見せたら、「あー、このコはたしかにトリニダードにいる人だね」って言って去って行ったり
それ以外は意外と高評価!!
*たんじゅんに「Tシャツええやーん、おおしろーい、スキやー」って声かけてくれる人のなんと多かったことか!!!!
*長年トリニダードに在住されている日本人の方からも「そのTシャツ大賛成!」っていう応援のお声をいただいたり
*「今度ちゃいにーって言われたら」…、その1「なんなんジャマイカン?」ってトリニーに攻撃してやれ、とか、その2「わたしトリニーやで」って言い返してやれ、とか、反論のアイディアで応援してくれたりとか
*「なにそれー、何て書いてるの?、ちょっと見せてー、写真撮らせてー」っていう、ぜんぜん知らん人(笑)たちが面白がってめっちゃ何人も寄ってきたりとか、
なによりも!!!、
今年のジュベモーニングは「ちゃいにー」って大声で呼ばれるのが半分以上減りました。ほんまに、素晴らしい撃退効果です。
めったなことではこんなTシャツ恥ずかしくって着れないけど、
カリブ海地域で「ちゃいにー」攻撃でお困りの方、
勇気を出して月1くらいで着てみてはいかがでしょうか?笑
街の人々が気づいてくれるきっかけになるかも?!しれません(信じるか信じないかはあなたしだい^_^;)
泥んこにならないジュベ/オールスターズジュベモーニングダイジェスト
中華製アクションカムを首からぶら下げ、
手ぶらで気軽にジュベモーニングを撮影しました。
わたしが撮影していることにさえ気づかないし、
わたしが手描きの"辛口ジュベTシャツ"を着てることにもなかなか気づかないし、
わたしがいることさえなかなか気づいてもらえない、
そんな真っ暗闇から明け方まで、
お互いの存在さえも気にしない、
ゾロゾロ街を練り歩くだけ(だけど混じり合うことで色んなことが起きてしまう…)のジュベモーニングの様子です。